近況報告の歌

買った本とか日常のどうでもいい感じの記録。

今日もまた

近所の人に、「あんまり言うのも悪いけどさ…おまえは本当にキモいな…」って真顔で、それも目を逸らしながら言われた。
そんなキモいちんさんのペルソナ語りですよ。
クリア前提でP3・P4両方に言及しておりますので、知りたくないとか興味ないという人は以下無視してくださいね。
 

ペルソナ3フェス(通常版:単独起動版)

ペルソナ3フェス(通常版:単独起動版)

ペルソナ4

ペルソナ4

 
 
 
 
3は「かけがえのないものを失ってしまった物語」で、4は「かけがえのないものをやっと手に入れた物語」なのだなあと、両方を較べてみて思う。
ニュクス戦の時、3主は、たとえば真田と荒垣と天田とか、ゆかりと美鶴とか、順平とチドリとか、風花と夏紀ちゃんとか、虎狼丸と元神主さんとか、古本屋の夫婦とか、そういう人たちの繋がりをみつめて、「ああ、人は愛しいなあ」と思いながら、たったひとりで絶望的な戦いに赴いたんだろなあと。
で、4主は、自分たちの大事なものや場所を、自分たちの力で一緒に守ろうとしていたんだよねとか。
 
そう考えると、3主の孤独が本当に悲しくなってくる。3主は別に自分を不幸だとは思っていないんだろうけど、封印中の主のこととか、影主のことを考えるにつけても、本当に悲しい。
 
4の探索で何が感動したって、あいつら散開しないし、階段ではぐれたりしないんですよね。
廊下走ってる途中ではぐれて、エンカウントしてから「あれっ、真田先輩何でいないの!?」みたいなことがないんですよね。
きっと、走りながら「おーい直斗、平気か」とか、「もう、花村よそ見ばっかしてないでよ!」とか、軽口叩き合ったり励まし合ったり、辛いけど楽しく戦っていたんだろうなと想像いたす。
そうそう探索してる時、わたしずっと、4主とメンバーの会話を想像して遊んでたんだよね。今日学校であったくだらないこととか、事件の話とか、そういうことつらつら話しながら、敵に遭遇したら「おっと!」「よし、がんばろ!」みたいな感じでさ。
 
そんで一番感動したのって、やっぱりコミュだったんですよね。
3の時から、真田の弱点がブフだったりとか、そういうネタはあったけど。
あの人たち、覚醒しても弱点は弱点のままだったじゃないですか。
でも4の人たちって、主人公と絆を深めて、自分と向き合うことで弱さを乗り越えられて弱点が消えるって(消えてない人もいるけど)。すげぇ! ってちょっと泣けた。追撃とか、かばってくれたりもそうだけど。
3の時に、プレイしててずっと残ってた寂しさというかもの悲しさみたいなものが、全部払拭されてんのね。すごいよね。
たぶん、そのもの悲しさって、主人公のいたたまれなさなんだろうな。3主は何て言うかずっと傍観者というか、それこそ「マレビト」だったっていうか。ベルベットルームの「客人」というだけではなく、ニュクスが飛来する地球へ自分も降り立った「客人=マレビト」ってことで。結局最後には神格化というかユニバースだしさ。
 
4主って何か凡庸じゃないですか。まあ3主が人外だったのでそれと較べても仕方ない気はしますが。体力も精神力も普通だしさ。ステイタス全部MAXにしても、ひとりで探索したら死にそうだしさ。
そういう、普通の高校生が、同じくらいの仲間たちと一緒に、足並みを揃えて戦うって、すごくよいものでした。よいものでした、って。
 
ついつい較べてしまうので、じゃあわたしは3と4どっちが好きなのかなって、考えて、まあ両方別のベクトルで好きなんだけど、どっちかしか選べないと言われたら、仕方なく、3を選ぶと思う。
でもやっぱこれは好き嫌いの問題じゃなくて、3では悲しみを味わって、4では充実した幸福を味わって、何ていうか人って(いやわたしって? にしとくべき?)、満たされた気持ちより失くしてしまった方の気持ちがより心に刻まれるんですねという話な気がします。
単に不幸体質なんだろうか…。
欠けているものの方により心を惹かれる、俺たちは中二の心を永遠に忘れない。たちって誰だよ。
システム、シナリオ、キャラやイベントの完成度という点では、あたりまえだけど4の方が遙かにぬきんでてるとは思うし(3を踏まえて作られたゲームなんだからほんとあたりまえに)、4は本当に大好きで何度でもやりたいゲームなんですが、何かそうのとは違う部分で、3や3主はいつまでも自分の中で特別なんだろうなあ。FIRE EMBLEMシリーズ全部好きでも、聖戦がいつまでも特等席にあるように。
 
あれ、ざくっと語るつもりが長くなった。しかもまだ語り足りない。
何か語りたいシーズンみたいなので、ちまちまとキャラひとりずつとかそのうち語ってみようかと思います。